2017年1月3日火曜日

韓国ドラマでハングル学習(7)「本当に良い時代」に出てくる慶州方言

BSで放映された「本当に良い時代(참 좋은 시절)」(全50回)は、韓国東部の慶州(キョンジュ 경주)が舞台のドラマです。慶州の大家族に次々に起こる難題、それをひとつひとつ解決しながら、家族のひとりひとりが成長していく心温まるストーリーが展開されていきます。最終回の録画を先日見て、ほぼハッピーエンドといってもいい結末にホッとしたところです。

慶州という都市ですが、韓国の慶尚北道にある古都で新羅(シルラ 신라)の都があったそうです。ドラマのオープニングで慶州の町や、登場人物と関係のない市民の生活が映し出されれていて印象的です。

さてここからが本題の慶州方言(慶尚道方言)についてです。このドラマの中で話されている方言は、ドラマのストーリーの中でも話題になっています。例えば4人のカン家のきょうだいの長男、カン・ドンタクは俳優なのですが、その方言ゆえになかなか俳優として芽が出ないなどです。

このドラマの方言は、私のようなハングル初級者でも、言っている内容はわからなくとも、ソウルの言葉とは全然ちがうことがわかります。李翊燮・李相億・蔡琬著「韓国語概説」(大修館書店)を参考にしながら慶尚道方言の特徴をみていきたいと思います。

1.慶尚道方言には独特のアクセントがある

ドラマで話される慶州の言葉には、独特のアクセントというか、イントネーションというかがあり、ソウルの言葉とは全然違うことがわかります。「韓国語概説」ではこれを「声調」と呼んでいます。「声調」というと中国の「声調」が思い出されますが、日本語の高低アクセントに近いもののように思われます。


韓国語の標準語では高低アクセントをとらないのに、慶州(慶尚道)ではとっているということですね。

日本語の場合は反対で、標準語は高低アクセントをとっています。関西の言葉もやはり高低アクセントをとっていますが、多くの場合、そのアクセントが逆になっています。でも高低アクセントをとらない地域もあります。無アクセントなんていいますが、私の妻の出身地仙台はそうですね。妻は「今(いま)」と「居間(いま)」、「橋(はし)」と「箸(はし)」と「端(はし)」をアクセントで区別するのが困難です。意識して正しく発音しようとすると逆になってしまうようです。

昨年受けた「アイヌ語講座」で質問したところ、アイヌ語も高低アクセントをとるそうです。

「韓国語概説」から
中世韓国語は声調を音素として持っていた言語であった。音節が高調なのか低調なのかによって単語の意味が分化する言語であった。しかし今日の標準語ではそのような声調の音素、すなわち韻素としての機能は消滅してしまった。代わりに音長が音素の機能を果たしている。
しかし方言によっては声調が残っている。声調の有無で、韓国語方言を区分すれば、大きく2つに分けられる。声調を持っている地域は威鏡道の大部分と慶尚道全域、そして江原道の嶺東方言圏の一部である。
方言の声調は、中世韓国語においてと同じで、高調と低調の対立として現れる。ただ同じ声調の地域でありながらも、威鏡道方言と慶尚道方言の間には明らかな差異がある。威鏡道方言で低調である単語が慶尚道方言では高調として現れたり、二音節語の場合、咸鏡道方言には高高(HH)調がない代わりに慶尚道方言には低低(LL)調がなかったりするなど、具体的な単語での声調の実現では差異を見せることが多い。
しかしより重要なことは、そのような差異より、これらの方言が声調を音素として持っているという事実であろう。声調現象は、非声調方言の話者たちには相当きつく響く。しばしば普通の話も、けんかをしているように聞こえるという。音長があるかないかによってこのように強い印象の差を生むことがないことと比べると、これは声調の有無がそれほど一般の話し手たちに強く区別されているという意味である。
2.慶尚道方言は語尾に特徴がある

ドラマを見ていると、私にはよく聞き取れないのですが、慶州の言葉は語尾が標準語と違うようです。

カン家の次男、ドンソクが町を歩いているときに、ガラの悪い男たちにぶつかって因縁をつけられケンカになります。そこに長男のドンタクが中に入りやめさせようとして男たちに「カイソ、カイソ 가이소」といいます。これは標準語で言うと「カセヨ(가세요)」(行ってください)だということは私にもわかりました。「〇〇セヨ」が「〇〇イソ」になるんですね。

慶尚道方言に特徴的な語尾(文法)について「韓国語概説」を見てみましょう。
「韓国語概説」から
次は慶尚道方言の特徴的な文法を見ることにする。1つだけで慶尚道方言であることが分かる最も代表的なものとして次の例文を挙げる。
(11) 머라카노?(뭐라고 하느냐?) (何と言ったのか?)
ここではまず文末語尾-노が特徴的である。慶尚道方言には疑問文の種類によって文末語尾が-노と-나に、または-고と-가に分かれるという特徴がある。すなわち어디(どこ) 、언제(いつ)、누가(誰が)などの疑問詞を含む説明疑問文では(12a) と(13a)のような-노と-고が使われ、예 (はい)や아니오(いいえ)で応答する判定疑問文には(12b)や(13b)でのように-나と-가が使われる。これらは中世韓国語に存在した現象であるが,慶尚道方言がまだそれを維持していると見ることができる。
(12) a.니 어데 갓더노?(너 어디 갔었니?)(お前どこに行ってたの?)      b.밥 묵나? (밥 먹니?)(ご飯食べるか?)
(13) a.이거 누 책이고? (これ誰の本だい?)      b.그기 니 책 아이가? (그것 너의 책 아니냐?) (これお前の本じゃないのか?)
(11)でさらに決定的に慶尚道方言の色合いを際立たせているのは라카という部分である。これは뭐 라고 하다 の고하が카(←ㄱ하)に縮まった形態なのだが、他の方言では見ることのできないこの方言特有の現象である。この方言では갈려고 하다 も려고 하 が라카 に縮まり갈라카다になるが、いずれにしても라카がこの方言の最も特徴的な形態だと言えよう。
慶尚道方言もやはり語尾に特徴的なものが多いが、次の例文に現れた接続語尾는동や文末語尾-더、-껴などが全てこの方言特有の語尾である。
(14d)の-시이소は標準語십시오に該当する語尾であり、この語尾によってこの方言の対者敬語法を記述するときは합쇼体という用語の代わりに하이소体という用語を使うほどである。
(14e)の語尾-꼬は標準語고に該当する語尾であるが、濃音となったこの語尾がもともと特徴的であり、人々が慶尚道方言をまねるときによく利用する。
(14f)の캉~캉は標準語の랑 ~랑該当する助詞であり、(14g)の맨치로(または맨크로)は標準語の처럼(~のように)に該当する助詞であるが、全てこの方言特有の形態である。
(14) a. 지베 인는동 없는동 몰시다.(지베 있는지 없는지 모르겠습니다)(家にあるのかないのかわかりません。)
      b.여거가 좋니더.(여기가 좋습니다.)(ここがいいです。)
      c.할배,어데 가니껴?(할아버지 어디 가니껴?)(おじいさん、どちらにお行きになりますか?)
      d.퍼떡 오시이소. (빨리 오세요.) (はやくいらして下さい。)
      e.머 할라꼬? (뭐 하려고?) (何をしようと?)
      f.니캉 내캉 닮었제? (너랑 나랑 닮아았지?)(お前と私似ているでしょう?)
      g.아덜맨치로 와 그라노?  (아들처럼 왜 그러니?)(子供のようになぜ、そうなんだい?)
3.慶尚道方言で使われている語彙にも特徴がある

ドラマで話されている言葉のうち私でもわかる標準語と違うことばがあります。「ケンチャナ(大丈夫)」は「ケアナ」、「ハラボジ(おじいさん)」は「ハルベ」、「ナ(オレ)」が「ネ」、「ノ(お前)」が「ニ」、「アニダ(いいえ)」は「アイダ」、「ウェ(なぜ)」が「ワ」などなどです。

4.慶尚道方言はㄱ口蓋音化を起こしている

これは、ドラマを見ていて、私には気がつかなかった慶尚道方言の特徴です。ㄱ口蓋音化というのは、軟口蓋音ㄱ,ㅋ,ㄲが母音や半母音の前に置かれるとき、ㅈ,ㅊ,ㅉに変わる現象だそうです。例を上げると、道を意味する「길(キル)」が「질(チル)」に変わるようなこととのこと。

口蓋音化は日本語でも起きていますね。以前、私は沖縄県知事の「命(ぬち)かじり頑張りましょうね」という言葉の「かじり」は「かぎり」の口蓋音化だと書いたことがあります。→命(ぬち)かじり頑張りましょうね」と翁長沖縄知事が応援 
「韓国語概説」から ㄱ口蓋音化の例
길(질)道、지름(기름)油、지동/지둥(기둥)柱、짐서방(김서방)金書房、제/저(겨)糠、제우(겨우)ようやく、젙(결)傍ら、줄(귤)みかん、질다(길다)長い、저누다(겨누다)狙う、치/챙이(키)箕、찌우다/찡구다(낑우다)挟む
「韓国語概説」から口蓋音化3つの区分口蓋音化を基準に見れば、方言は3つに区分される。ひとつは口蓋音化をしない方言、もうひとつはㄷ(およびㅌ、ㄸ)が口蓋音化し、ㄱ(およびㅋ、ㄲ)の口蓋音化はしない方言であり、最後のひとつは2つとも口蓋音化する方言である。
中世韓国語にはいかなる口蓋音化もなかったので、3つの方言は韓国語史のひとつの段階をそれぞれが代表することになる。そして標準語は2つ目の方言に該当する。それを基準に見れば、最初の方言はㄷ口蓋音化を起こさないことによって方言らしさを発散する方言であり、3番目の方言はㄱ口蓋音化を起こすことによって方言らしさを発散する方言である。
口蓋音化を基準に見れば、韓国語の方言は、平安道方言、中部方言、およびそれ以外の方言(慶尚道、全羅道、忠清道、済州道、江原道嶺東地方、咸鏡道の方言)の3つに分けられる。
5.慶尚道方言は、ㅅとㅆを区別しない

これもドラマでみてもわからなかったこと。慶尚道方言はㅅとㅆが全てㅅに発音されるそうです。
「韓国語概説」子音の場合はどの方言もほとんど同一の音素目録を持っている。ただ、慶尚道方言でㅅとㅆが全てㅅに発音され、音素的な対立がないことだけが例外的である。この方言では、(肉)と(米)、(買う)と(安い)が別個の単語として区別されないのである。
6.慶尚道方言は母音の数が少ない

慶尚道方言は母音の数がもっとも少ない方言だそうです。
「韓国語概説」から慶尚道方言ではㅓとㅡの対立がない。글(文)、걸(「ものを」の縮約)がこの方言では同じ音として認識される。他の方言使用者の耳にはㅓでもなくㅡでもない音なのだが、標準語のㅓがㅡに聞こえるというよりは、ㅡがㅓに聞こえる傾向がもっと強い。すなわち標準語の증거(証拠)が증그と聞こえるより정거と聞こえる傾向がある。
標準語の場合短母音が10母音、二重母音が11母音だが、方言によってこれに短母音が1つ、二重母音が1つ増えることがあり、逆に最も少ない場合には短母音が6母音、二重母音が6母音になると要約できよう。そして慶尚道方言がまさにそのような母音音素の最も少ない方言であることがおのずと明らかになる。
※ホントはドラマを見てから、年内にこの投稿を書こうと思っていたのですが、解説書の理解と書き写しに手間取ってしまい、2017年最初の投稿になってしまいました。

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